札幌高等裁判所 昭和41年(行コ)6号 判決 1967年3月29日
札幌市北二条東三丁目
控訴人
日本共産党札幌地区委員会
右代表者委員長
阿長勘吾
右訴訟代理人弁護士
杉之原舜一
札幌市北三条西四丁目
被控訴人
札幌中税務署長
谷地浩
右指定代理人検事
岩佐善己
同
山本和敏
同
法務事務官 高田金四郎
同
大蔵事務官 山口巧
同
黒沢隆
同
鈴木馨
同
丸山長作
右当事者間の課税処分取消請求控訴事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。本件を札幌地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、控訴の理由として、
原審における控訴人の事実上、法律上の陳述は、原判決事実摘示のとおりであるが、右は原審第四回口頭弁論期日における原裁判所の釈明に応えた控訴人代表者の陳述に基づくものであるところ、右釈明は次のとおり、民事訴訟法第一二七条に定める釈明権の行使としては極めて不充分なものであつて同条に違反する。よつて、右釈明に応えた右陳述を基礎としてなされた原判決は訴訟手続の法令違背として取り消されるべきものである。即ち、
(一) 控訴人は本件訴状記載の件名、請求の趣旨および原因において、本訴を本件課税処分取消請求の訴訟である旨の主張をしていた。
(二) しかし、控訴人代表者は原審第四回口頭弁論期日において、昭和四一年六月七日付準備書面を陳述し、同準備書面において、従来の主張を「被告の原告に対する本件入場税の賦課処分は無効である」と変更し、その理由として「現行入場税法によれば、人格を有するもののみを納税義務者と定めており、人格を有するもの以外のものに入場税を賦課する定めはない。原告は人格を有するものでないことは公知の事実である。」と主張している。すなわち、本件賦課処分は入場税の納付義務を全く課せられていないものに対する賦課処分であるから、処分自体法律上何ら効力を有するものでないという理由である。したがつて、右準備書面の陳述での控訴人代表者の真意は、法律的にいえば、本件賦課処分は無効であり、本件訴は無効確認訴訟であるという点にあつたことは容易にこれを推認しうるところである。
(三) しかるに、控訴人代表者は、右口頭弁論期日において原裁判所の釈明に応えて「本件は取消請求訴訟であり」したがつて、前記準備書面第一項末尾の「賦課処分は無効である」とあるのを、「賦課処分は取消さるべきである」と訂正したのである。
しかし、控訴人代表者は常識以上の法的知識を全く欠除し、法律上いわゆる「取消」と「無効」、また行政処分の「取消請求訴訟」と「無効確認訴訟」とがそれぞれいかに異つた意義をもち、具体的にいかに異つた結果をもたらすかについての理解を全く欠いていた。取消といい、無効といい、取消請求訴訟といい、無効確認訴訟といい、単なる言葉の相違にすぎないという錯誤にもとずき、前記のような陳述をしたのである。
入場税の納付義務がないものに対する賦課処分が無効であることはいうまでもない。控訴人の請求原因はまさにこの点にある。しかも、それは本件訴訟においてもつとも、重要な点である。常識以上の法的知識を欠いている控訴人代表者に対し、原裁判所が前記準備書面につき前記のような釈明を求めるにあたつては、取消と無効、取消請求訴訟と無効確認訴訟が、本件訴訟において、具体的にいかなる意義をもつかを少くとも簡明に教示すべきである。しかるに、原裁判所はかような配慮をせず、控訴人代表者をあたかも弁護士の資格を有するものであるかのようにみなし、前記のような釈明を求めている。かような釈明権の行使は違法であり、かつ、かような釈明に基づく控訴人代表者の陳述は錯誤に基づくもので無効である。
(四) 右のようにして、原裁判所は、控訴人代表者の錯誤に基づく無効な陳述を基礎に本訴を行政処分取消請求訴訟であるとして、国税通則法第八七条第一項、第七九条第三項を適用し本件訴を却下したものであるが、本訴が無効確認訴訟であると解すれば同法条の適用は違法であり、従つて、本件訴を却下した原判決は違法であつて取消しを免れないものである。
と述べた。
被控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、控訴の理由に対する答弁として、
控訴人の原審における陳述は、原判決事実摘示のとおりであり、且つ原審においては、控訴人の真意は充分ただされ、釈明権の行使が不充分であつたという事実はない。しかして、被控訴人の本案前の抗弁、控訴人の請求原因に対する答弁は、すべて原判決事実摘示のとおりである。
と述べた。
理由
一、控訴人の本訴請求が無効確認訴訟であるとすれば、国税通則法第八七条第一項、第七九条第三項の適用をみないことは控訴人指摘のとおりであるから、まず、本訴が無効確認訴訟であるか、取消請求訴訟であるかが、その先決問題であるところ、記録によれば、控訴人も自認するとおり、控訴人代表者は、原審第四回(実質上は第一回)口頭弁論期日において、「本件は取消請求訴訟である」と陳述した上、その陳述した昭和四一年六月七日付準備書面中第一項末尾の「賦課処分は無効である」との控訴人の請求が無効確認にあるかの如き疑を抱かしめる部分を「賦課処分は取消さるべきである」と訂正陳述し、その取消の対象が原処分たる「昭和三九年一二月一四日付賦課決定」にある旨をも明確にしているのであつて、右控訴人代表者の陳述は、本件訴訟が取消請求訴訟であることを明示したものというべく、この陳述からは、本件を無効確認訴訟と解する余地はない。
控訴人は、右控訴人代表者の原審における陳述は、錯誤に基くもので無効であると主張するが、法の不知はこれを錯誤の理由となし得ないのみならず、訴訟手続上裁判所に対してなされる訴訟行為は、その安定を尊重し、又裁判所に対する公的な陳述として明確を期する上から、表示主義、外観主義が貫かれるべきで、その行為について錯誤のあつたことによつて効力が影響されないものというべきであるから、仮に控訴人代表者において主張の如き法の不知に基く錯誤があつたとしても、もはや控訴人はこの陳述の効果を争うことはできない。
二、ところで控訴人は、右陳述は原裁判所の釈明に応えたものであるところ、右釈明は控訴人の真意を把握する釈明としては配慮を欠き不充分なもので違法である旨主張する。
なるほど、控訴人が訂正陳述した前記準備書面の記載によれば、控訴人が本件賦課処分の違法理由として指摘するところは、「現行入場税法によれば、人格を有する者のみを納税義務者と定めているところ、控訴人は人格を有するものでないから納税義務者たり得ない」との点にあるのであるから、ただ、前記「処分は無効である」との文言を「処分は取り消さるべきである」と置き換えても、右具体的な違法原因として指摘する理由には変更を来さない。そうして、真に、控訴人の如き団体が、右人格を有しないとの点から、入場税法上の主催者としても同法第三条の納税義務を有しないものであるかどうかは、まさに本案判断事項であるけれども、それが、控訴人主張の様に右納税義務を持たないものとすれば、控訴人に対する本件賦課処分はその点で無効であるというべきであるから、少くとも控訴人の主張自体としては、請求の趣旨において取消請求をなしつつも、その主張する違法原因は、処分を無効ならしめる違法が存する旨を指摘していることとなる。しかし乍ら、行政処分に瑕疵が存し、その瑕疵が処分を取り消し得べき瑕疵に止らず、処分を無効ならしめる重大明白な瑕疵にあたる場合であつても、当事者は常に無効確認を訴求しなければならないものではなく、当該処分が外観上有効に存在する以上、なおその取消をも求め得べきものであるから、当事者の違法原因として指摘するところが無効事由にも当るからといつて、これを直ちに無効確認訴訟と推認することはできない。
従つて本件においても、取消請求である旨の請求の趣旨を変更することなく、ただ前記準備書面において「処分が無効である」との文言を用いただけでは、その違法理由として指摘する事実が無効事由にも当るとしてもなおこれにより直ちに請求自体を無効確認に変更したと推認することは許されず、かえつて手続上は依然(請求の趣旨を変更しない意味において)取消請求訴訟であると解するのが相当である。ただ、前記準備書面の記載からすれば、その様に請求を変更する可能性がないでもないから、この場合裁判所としては、当事者にその旨を釈明すべきではあるが、それは、当事者の申し立てが無効確認の訴旨を含むものであるか否か、含むとすれば訴を無効確認訴訟へ変更するかどうかを明らかにすれば足り、その際積極的に無効確認訴訟への変更を示唆すべき必要のないこと及び取消訴訟と無効確認訴訟の相異を教示しなければならない義務の存しないことは申す迄もない。記録上、この趣旨の下に行われたと認め得る原裁判所の釈明に何ら不充分な点はない。
三、されば原審の釈明にも何らの違法はなく、控訴人の錯誤の主張の許されないことも前説示のとおりであるから、本件における当事者双方の事実上、法律上の主張は原判決事実摘示のとおりであるところ、これによると本訴は不適法な訴として却下を免れない。その理由は原判決理由と同一であるからこれを引用する。而して、課税処分取消請求の理由に処分が無効であることを掲げている場合であつても、その請求自体が取消請求であるかぎり、国税通則法第八七条第一項、第七九条第三項の適用はこれを免れないものと解すべきである(昭和二八年一二月一八日最高裁判所第二小法廷判決参照)。
よつて原判決には判決手続の違法はなく、その判断も相当であるから本件控訴は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 潮久郎 裁判官 半谷恭一)